「グラウンドとドクターの距離を縮める」 帝京9連覇を支えた、スポーツと医療の連携 (後編)

「グラウンドとドクターの距離を縮める」 帝京9連覇を支えた、スポーツと医療の連携 (後編)

▽コーチとドクターのつなぎ役

医療との連携において、帝京ラグビーにとって重要な存在となっているのが、スポーツ医科学センター関口愛子トレーナーをはじめとしたチームスタッフたちだ。彼女たちはトレーナーとしての役割を果たすことはもちろん、岩出監督とドクターたちのつなぎ役を務めることによって、円滑なコミュニケーションを演出している。そもそも、常時スポーツ現場にいるドクターを除いて、多くのドクターにスポーツ現場の常識は通用しない。今週中に診てほしいとお願いしても、逆にドクターからは「なぜそんなに急ぐのか?」「なぜ休まないのか?」「もうほとんど問題ないはずだ」という意見が返ってくる。このような医療サイドとスポーツ現場サイドの意識の違いについて、双方の考えに共感できる立場であるトレーナーが仲介し、お互いに意見を言い合いながらも、時間を掛けて理解をしあってきたのが現在の帝京大だ。

また、医科学サポートが成立するための重要なポイントは他にもある。関口トレーナーは言う。

「岩出監督は医科学センターができる前から、元々栄養やトレーナーの重要性を認識されていました。そして、それらのスタッフとしっかりとした信頼関係を築き仕事をしています。よくスタッフが信頼できないから全部自分で抱え込んでしまうコーチがいますが、岩出監督は自分がすべきことを認識された上で、任せる部分は信頼した専門のスタッフに任せてくれ、すべて自分でやろうとはしません。スタッフ側としては、岩出監督が判断するための材料をしっかり提示することができなければ信頼は得られませんが、いい意味での緊張感もある中で、自分の役割に集中することができます」

一方で岩出監督はこう説明する。

「コーチ、トレーナー、ドクター、それぞれに知識と経験が必要です。高いレベルの責任感を伴った上で、本当に信じることができないとだめです。そこをごまかそうとすると中途半端な対応をしたり、感情論に行ったり、見栄が入ったりというところが出てきてしまいます。その関係性ができるまでうちのトレーナーに話していたことは、(怪我人の出場可否について)○、△、×で判断してくれと。できるのは○、できないのは×。しかし、大半は判断のしにくいグレーゾーン、△になります。いつも言っていたのは、△はすべて×でいいということです。その代わり、1年に1回か2回、△が○になる時があるかもしれない。その一瞬の判断、ギリギリの判断ができるようにスキルと目を磨いてほしいとお願いしました。そのうち、人間関係が熟成されてくると、お互いそれが当たり前になって、スタンダードになってきます。嘘をつかない関係ができて、『監督が使いたいから無理して使った』というようなことが一切なくなります」

勝利至上主義の旧態依然とした指導者の中には、△どころか×を○にしろという人も少なくない。自分のやり方に従えないなら必要ないと、トレーナーに対して高圧的に接するタイプのコーチも多い。だが、岩出監督のアプローチはこれらと正反対だ。スタッフを信頼し、選手に無理をさせないことによって、より強い組織へと進化させてきたのだ。

▽怪我の減少から生まれたイマジネーション

9年間勝ち続けている岩出監督だが、チームを運営する上で勝つことを最上位の目標には置いていない。連覇の最中でも、チームがよりよくなるためにどうすべきか考え、常に取り組みを変化させ続けているのだ。常勝の原動力となっている医療との連携体制について、岩出監督はこのような考えを持っている。

「9連覇できたのは本当にこの仕組みのおかげです。ラグビーはアクシデントだらけで、まずは元気な選手がそろうかどうか。理想としては大学選手権の決勝でベストメンバーがバチッと揃って、試合に臨めるのが最高だと思っています。我々はそれが実現できます。3連覇を達成した2011年にセンターが設立されましたが、その頃と比べて現在は取り組みも成熟してきています。疲労度、怪我人も明らかに減っています。怪我人が少なくなると、チーム全体に余裕が出てきます。余裕が出ると、予防対策がどんどん進んでいきます。それが今の帝京の状態です。さらに、余裕はイマジネーションにつながるのです。これはなかなか気づきにくいところと思います。余裕のない人間に質の高いコミュニケーションはできません。質の高いコミュニケーションはイマジネーションや構想力を生み、さらにクリエイティブな集団になっていく。指導者にはそのための仕掛けが求められます。私は運良くメディカルに助けてもらって、それが実行できているのです。うちが勝ち続けている理由、それはスタッフの叡智の結集なのです」

岩出監督はこれらの仕組みについて、ライバルのラグビー部はもちろん、他のあらゆるスポーツチームに浸透してほしいと願っている。なぜなら、学生たちが安全に安心してプレーできるということが、日本のラグビー界、スポーツ界の発展につながると確信しているからだ。今回取り上げた帝京大学スポーツ医科学センターは今年の6月に新棟が完成予定で、さらに充実したサポート体制が整う。そして、センターが連携している帝京大学医学部付属病院も、よりスポーツへの窓口を広げるため、スポーツ外傷・関節鏡センターを昨年立ち上げた。同センターは帝京大のスポーツだけでなく、大学・チームの垣根を超えて、すべてのコーチ・アスリートを受け入れているとのことだ。

2018年は帝京ラグビーにとって、大学選手権の10連覇がかかるシーズンとなる。だが、岩出監督が見据えているゴールはまったく別の場所にある。(松元竜太郎)