「グラウンドとドクターの距離を縮める」 帝京9連覇を支えた、スポーツと医療の連携(前編)

「グラウンドとドクターの距離を縮める」 帝京9連覇を支えた、スポーツと医療の連携(前編)

1月7日に秩父宮ラグビー場で行われた、全国大学ラグビー選手権の決勝。帝京大が明治大を逆転で下して、前人未到の9連覇を達成した。毎年選手が入れ替わる学生スポーツにおいて、ここまで勝ち続けるのは並大抵のことではない。帝京大の強さの秘密はどこにあるのだろうか。上下関係のないフラットな組織、コミュニケーション能力の高さ、強靭なフィジカル。帝京の強さについては、これまでもあらゆる切り口から語られてきた。だが、岩出雅之監督が勝つために最も重要なことと断言するのが、スポーツと医療の連携だ。

▽ドクターとの出会い

帝京ラグビーと医療の連携はどのようにスタートしたのか。岩出監督はそのきっかけについて、こう語る。

「私の場合、ラグビー部監督に就任後、学外のドクターをチームドクターとしてお招きし、整形外科的なサポートをしていただいています。しかし、帝京大学医学部との関係は約10年前まではあまりなく、幅の広い医療と連携するチャンスがありませんでした。当時新設されたスポーツ医療学科の教員として出席した集まりで、帝京大学医学部の整形外科のドクターと出会い、お互いに意気投合して、そこから関係が始まったのです。私もスポーツと医療の連携について構想を持っていましたが、その先生も持っておられ、『こんなことできないかな』というのをお互いにぶつけていきました。グラウンドとドクターを繋げる作業を、地道に一つずつやっていったのです。また、ドクターと意見交換を重ね、理解を得た後は大学病院との関係も少しずつ強固なものになっていきました。例えば、病院の医局長というのは、実際は細かい仕事をたくさんしています。医局長はあらゆる部門と連携しているので、ここと関係を築くとボタンを押せば全ての医局に繋がる状態になるのです。自力で探さなくても、一番いい人に繋いでくれる。また、大学病院にはER(救急救命)も入っているので、万が一の動線を確保できて本当に安心できます。普通ならきっかけを作るのは難しいですが、私の場合は一人のドクターとの出会いから、医学部の多くの方々との出会いに繋がっていきました」

▽スポーツ医科学センターの設立

帝京大ラグビー部が初めて日本一になったのは2009年シーズン。その前年の2008年に上記の通り、ドクターとの連携が始まった。誰よりも医療の重要性を痛感する指導者の一人だった岩出監督は、当時についてこう振り返る。

「ドクターとの連携が始まった2008年は(大学選手権で)準優勝でしたが、前年はベスト4、その前の年は1回戦負けでした。大事な試合でメンバーがほとんど控えの選手になってしまっていたのです。今年はいけるかなと思っても、ベストメンバーがそろわなかった。原因は指導者の自分にあると思いました。練習の強度やトレーナーとの関係なども含めて、根本的に改善の必要があると思いました。そんな時にいろんな人たちと出会えて、医療現場との取り組みが始まったことで、選手の怪我対応がより効率的にできるようになり、ベストコンディション作りに大きく影響して、優勝の一つの要因になったと思います。これがなければ、連覇どころか未だに優勝もできていないのではと思います。医療との連携は、勝利のメソッドに絶対に欠かせない大きな柱でした」

ラグビー部で成果が出たこともあり、2011年にスポーツ医科学センターが正式に設立され、主に強化指定クラブのラグビー部と駅伝部などを対象にしたスポーツ医学的、科学的サポートが始まった。目的はスポーツ障害の予防と治療に大学として組織的に取り組むことによって、学生の安全やパフォーマンスの向上に寄与すること。そして、その活動を通して社会に貢献することであった。そして、ここから同センターは、常勝の帝京ラグビーを支え続けている。

▽チーム内に総合病院の窓口

それでは、いったい帝京のラグビー部員たちはどのような医療サポートを受けているのだろうか。定期的なメディカルチェックの実施などに加えて、岩出監督はスポーツ医科学センターの機能について、こう説明する。

「病院に行く時、通常は患者が自分の症状に合わせて自分の経験値で判断して眼科や整形外科、内科に行かなくてはなりません。帝京大学ではセンターに所属しているドクターが自分の専門分野以外の傷害や病気の可能性を感じたら、即座に別の担当のドクターに振ってくれるのです。総合病院の窓口をチーム内部に持っているようなものです。これまでのラグビー競技による整形の怪我だけにとどまらず、日常生活や先天的な要因による脳血栓や白血病を発見していただいたこともありました。股関節がおかしいというので病院に連れて行ったら、もう少しで命が危ないというケースもありました。膿が溜まっていたのですが、ただの鼠径部痛として見逃されるケースがたくさんあります。迷子になることがなく、入口に入れば一番いいところに最短でたどり着くのです。一般的には、『うちが診たからもう他で診察しなくていいよ』というドクターが、けっこういるのではないでしょうか。我々は専門外だと思ったら、よりよいドクターのところに案内してもらえる。そこの連携が完璧にできています。そのことにより本当に何人もの学生の命を救ってもらっています。スポーツは幸せのためにやっているのだから、その基盤となる安全対策のところは徹底してやるべきです。みなさんが考える以上に、命に影響することはすぐそばにあるのです。命をなくすのは本当に怖いことですから」

スポーツ医科学センターの加藤基トレーナーは、センターや病院側の姿勢についてこう話す。

「我々の組織の中には整形外科医がいます。整形外科医は怪我をみるわけですが、頭の片隅に常に病気の可能性も考えてくれています。病気のリスクがあれば、すぐに大学病院にあげて、適切な医師を紹介してくれる。最悪を疑いつつ、『何もなければそれでよかったじゃないですか』という感覚ですぐに繋いでくれますし、大学病院側も同じスタンスで受け入れ態勢を作ってくれています。練習や合宿などにドクターが帯同することもあります。選手の状況を我々トレーナーと共有しているので、迅速で適切な対応が可能です」

実は取材している最中にも、レギュラーで痛みを訴える選手が現れた。同席していたトレーナーがすぐに症状を確認した上で、ドクターと連携して岩出監督に状況を報告していた。この間わずか30分。コーチ、トレーナー、ドクターが連携する上でのタイムラグのなさもまた、医療と密接に連携しているからこそなせるわざだろう。

ここまでで、帝京ラグビーを支えたスポーツ医科学センターの存在、医療との連携の実態はイメージしてもらえたと思う。「帝京は大学病院や立派な設備があるからできることじゃないか。他ではまねできない」。こう思った方もいるかもしれない。しかし、医学部や大学病院をはじめとして、立派な医療施設を持った大学は他にも全国にたくさんある。それらが帝京大のようにスポーツ現場と密接に連携した上で、機能している大学が少ないというのが実態だ。帝京がうまくいっている理由。それは取り組みの本質が、組織や設備などの"箱"ではないからだ。各スペシャリストの存在とそのコミュニケーションこそが、スポーツと医療の連携を可能にしているのだ。(文=松元竜太郎、後編に続く)