スパルタから自立への転換でつかんだ日本一(前編)=花咲徳栄高校野球部・岩井隆監督

今夏、第99回全国高校野球選手権大会決勝で、花咲徳栄高校(埼玉)が広陵高校(広島)を144で破り、春夏通じて甲子園初優勝を果たした。埼玉県勢としても、夏の全国制覇は初めてだった。

全6試合で二桁安打を記録した圧倒的な破壊力、全国制覇を手繰り寄せたチーム改革は、どのようにして成し遂げられたのか。就任17年目を迎える岩井隆監督(47)に話を聞いた。

Q:日本一になることを事前に完璧にイメージされていたそうですが、具体的にはどのような取り組みを行われたのでしょうか?

子どもたちに広い視野で、いろんな角度から考えさせる。想像させることをしました。前提として、ジャパンコーチズアワード(以下JCA)で帝京大学ラグビー部の岩出雅之監督から学んだ、「自立」というキーワードがあります。しかし、高校生に自立しろと言っても簡単にできるものではありません。自立を噛み砕いて、"多角的に想像する"ということにたどり着きました。子どもは放っておくと、一つのことしか考えませんので。その結果、子どもたちが試合の流れを読むようになったり、終わった後のことを具体的にイメージするようになったりしました。決勝ですべて出し尽くした後の、歓喜の輪。やはりそうなったか、こういう雰囲気になったかという感じでした。

Q:実際の取り組みは、日々の練習やミーティングなどで行われていたのでしょうか?

これは急にできることではありません。昨年の2月から強調して行ってきました。多角的に想像するということに、何度も取り組みました。広い視野で見ることは難しい。これをこういう意図でやっていくという具体的な行動を、自立と言いながら、最初は一つ一つ手取り足取り指導しました。例えば、アプリを使って起きた状態、精神的な疲れ、肉体的な疲れ、睡眠時間などを逐一記録させました。そうすることで、選手の中で自ら考えて行動することが当たり前になっていきました。その繰り返しが、力になっていきました。

Q:選手によって個人差はありましたか?

中心選手は早かったです。監督の近くにいて、直接私の話を聞くことも多かったので。大事な考えを彼らがうまく他のメンバーに伝えてくれたことで、チーム全体に浸透していきました。

Q:まだまだ強制的、無思考でやっている部活はたくさんあると思います。

スパルタ、恐怖によって生徒を支配する。監督以上に怖いものはない。これだけ殴られてきたのだから、試合なんか怖くない。そうやって恐怖で乗り越えてきたのが昔の指導法です。ゴルゴ13に命を狙われたら、すごい集中力を発揮するでしょう。窓側には立たなくなるし(笑)。

ただ、いまの子どもたちはそれでは動きません。これからの指導者が求めねばならないのは、スパルタ教育に変わる新しい形。自分の中ではそれが自立だった。JCAで岩出さんの話を聞いて、これからは自立をさせなければと確信したのです。

Q:岩井監督自身も、かつてはスパルタ指導を行っていらっしゃった。そこから考えをシフトするきっかけは何だったのでしょうか?

コーチ時代の自分は厳しかったです。根拠もなく、とにかくやれば絶対うまくなると思っていました。2001年に監督に就任して、そこから少しずつ心の部分を重視しなければと考えが変わっていきました。なかなか結果が出なかったことが大きいです。

指導者が成長しなければ、チームは絶対に成長しない。中途半端な厳しさになっていたのだと思います。そこに信念や哲学的なものはなく、ただ厳しくしていました。そうではなくて、選手の気持ちを考えて、つかんでいかなければと。プレッシャーをかけるから、プレッシャーを取り除くに変わっていったのです。コーチから教員的な考えになっていったのかもしれません。

Q:スパルタ指導者からは「選手は甘やかすとつけあがる」という意見がよく聞かれます。

厳しい指導自体を否定してはいません。野球人にしか通用しないのは理屈ではありませんが、正しいことであれば、厳しくやってもいいと思います。その際に大事なのが、子どもたちが納得することです。理不尽にただ厳しくされても、ついて来ません。ただし、時々あえて理不尽なことをすることもあります。なぜなら、世の中は理不尽なものですし、社会にはずるい大人もいるわけですから。

Q:スパルタ指導の恐怖によって動かされる野球と、自分で考えてプレーする野球。パフォーマンスの差はどのように表れるでしょうか?

これはまったく違います。比較になりません。今の子どもたちは恐怖では動きません。武士道精神みたいなものはあってもいいのですが、今の時代に命のやり取りなどありませんから、命がけですべきことではない。時代が違うし、社会が許さないですよ。

恐怖によって支配され、子どもたちが監督にペコペコしているような姿を今の人たちは認めないし、見たくないはずです。自立して動いて、とてつもない集中力を発揮する姿が感動を生むのです。

ただ、指導者としてグラウンドに来たら、雰囲気を変えねばならないと思っています。だからと言って、殴る必要はありません。経験者としての違いを見せていくことは必要だと思います。基本的なことをちゃんとせず、自立だと言ってもダメ。しつけのない個性は野性になってしまう。しっかりとしたしつけがあった上で、そこから自立や専門性を伸ばしてほしいです。

社会に出てあいさつもできないようでは話になりませんが、それを間違えて必要以上に締め付けたあいさつや、作られた返事を強要するような方向に行きがちです。また一方で、今の指導者はそれを否定する代わりに、反動で個性、自由という方向に行きがちでもあります。バランスや順序が大事だと思います。

Q:日本は部則を徹底して守る文化もあると思います。

うちにはほとんどないです。全部当たり前のことなので、強調することじゃありません。自分の中にあるのは最終的には徳栄のプライドです。学校の教育方針に即したクラブ運営が必要です。そう意味では道徳の学校なので、そこにはうるさいです。

繰り返しになりますが、今の子どもたちには自立だと思っていたところに、JCAで岩出さんに出会った。自分で決断して行動する。そのためにはくだらない上下関係はなくすとか、一言で自立的とか自発的とかいうのは簡単ですが、それを落とし込んで、理解をさせるのが大変なのです。自由を履き違えることもありますし。うちのチームでも、自立を勘違いして練習メニューも聞きに来なくなった時期がありました。高校生は自立させようとすると、悪い意味で自分たちで走り始めてしまうことがあります。(後編に続く)
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